
【写真1】かつての新岐阜駅入口。《2004年4月10日撮影》
名鉄岐阜駅は、名古屋本線、各務原線の2系統から成るターミナルです。ターミナルというと通常、複数の線路が相互に交差し列車が各線に行き来するものですが、ここでは両系統の線路は分かれており、相互の連絡線はありません。軌間も電圧もまったく同じで、実際に名鉄名古屋方面からの列車は、一宮経由、犬山経由でどちらのホームにも入ってきます。このように同規格の路線が入りながら駅構内での行き来ができない例は珍しいのですが、これは名古屋本線が美濃電気鉄道、各務原線が各務原鉄道という異なる会社によって別々に設置されたことによります。
名古屋本線の駅舎は総ガラス貼り2階建てという斬新な建物で、正面の長良橋通りからはエスカレータとエレベータで中央改札口正面までアクセスできます。かつては新岐阜百貨店が入った駅ビルがありましたが、これは2006年に解体されました。名古屋本線は高架になっており、頭端式ホームと水平にある中央改札口は2階に位置しています。

【写真2】名鉄岐阜駅各務原線駅舎を西側から望む。《2008年1月26日撮影》
いっぽう各務原線の駅舎は地平にあり、これまた頭端式ホームに続く東改札口は1階にあります。名古屋本線の駅舎と各務原線の駅舎の間には公道が通っていますが、2階部分で双方を結ぶ連絡通路があり、改札内を行き来することができます。
各務原線駅舎の北側には名鉄長住町ビルが入っており「岐阜ロフト」が入居しています。

【写真3】名古屋本線ホームから豊橋方を望む。JR高架をアンダークロスする部分が単線になっています。《2008年1月26日撮影》
名古屋線の線路は、JR東海道本線の高架をアンダークロスする部分が単線になっており、これは名古屋本線の新岐阜駅が現在位置に移転していらい変わっていません。この間、交差する国鉄は地上から高架へと変わっており、名鉄がここの区間のみ手を付けなかった積極的な理由があるとは考えにくいのですが。ともあれ、この部分は豊橋付近のJR飯田線との共用区間とあわせて、列車運行上のネックになっています。

【写真4】名古屋本線ホーム。《2008年1月26日撮影》
名古屋線ホームは島式2面4線から成ります。線路の分岐が左右非対称になっており、このためいちばん西側のホームにミュースカイなどの優等列車が多く使われているようです。

【写真5】各務原線ホーム。左側の留置線は、かつて美濃町線の乗り場として使われていました。《2008年1月26日撮影》
いっぽうの各務原線は、島式ホーム1面2線に留置線が設けられています。
かつて、美濃および新関へ向かう美濃町線の列車が各務原線経由で名鉄岐阜まで乗り入れており、北側には美濃町線電車線用の低床ホームが設けられていました。美濃町線廃止後はこのホームも廃止され、スペースは留置線として利用されています。【写真5】で左側に列車が停まっている留置線が、【写真6】で写っている電車の位置と同じです。

【写真6】今はなき美濃町線電車。「関」行はわずか6年の命でした。《2004年4月10日撮影》
名鉄岐阜駅から北にかけての一帯は、かつて岐阜における一大商業地区として殷賑をきわめましたが、地方都市商業地域の凋落が話題になる以前の1980年代にはすでに活気に乏しくなり、現在では空き地や空き室だらけのビルも目立ち、寂しい一角になっています。JR岐阜駅へは、名古屋本線の中央改札口から歩いて5分程度の距離です。
終着駅なので当然ですが、全列車が停車します。
始発駅なので当然ですが、全列車が停車します。
名古屋本線が西側から順に、1番線、2番線…で、各務原線が南側から順に、5番線、6番線です。なお、廃止された美濃町線乗り場は「7番線」でした。
特記事項なし。
現在の名鉄岐阜駅は、かつては美濃電気鉄道の(初代)新岐阜(1914年12月開業)、各務原鉄道の長住町(1928年12月開業)という2つのターミナルに分かれており、一つになったのは後者が前者に統合された1948年4月のことです。併用軌道となっていた岐阜市内線についても前身となる駅が1911年2月には開業していましたが、1948年4月の新岐阜駅統合の際には「新岐阜駅前」という別の駅となっています(現在は全線廃止)。以下では、岐阜市内線については一部を除き基本的に省略します。
確認中。
《乗り換え》JR東海-東海道本線:岐阜
2004年4月28日
2010年3月18日、写真を追加のうえ加筆修正