豊田市の南側郊外に設けられている駅です。駅集中管理システムによって遠隔管理されている無人駅ですが(管理駅は豊田市)、現在でも古い木造駅舎がそのまま使われています。駅集中管理システムの導入に伴って、パターン化された無人駅仕様の駅舎が増えているだけに、これはうれしいところ。
駅舎そのものが大きいだけに、板貼りになったかつての窓口部分の存在感が妙にあり、取って付けたような印象のある自動改札機が完全に浮いています。
島式ホーム1面2線から成る駅で、ホーム北端から西側へと構内踏切があり、これが駅本屋へつながっています。ゆるやかなスロープの向こう側に木造駅舎がたたずむ姿は、かつて日本全国で見られたローカル私鉄らしいたたずまいですが、今では残り少なくなってきました。
ホーム中央には、翼を広げたような屋根が設けられています。東側には、かつて側線があったと思われる空間が広がっていました。
駅舎は切妻の瓦屋根をいただく立派なものです。外壁がサッシで覆われているのがやや残念ではありますが、防犯面を考慮するといたしかたないでしょう。
駅の西側には古くからの民家が多く、工業都市になる以前の挙母の街並みが残っています。いっぽう駅の東側は、マンションなどが建ち並ぶ住宅地になっています。愛知環状鉄道新上挙母駅が西へ400mほどの位置にありますが、ひとつ北の名鉄豊田市と愛環新豊田で乗り換えるほうが便利です。
乗り場
西側から順に、1番線、2番線となります。
- 1.三河線 豊田市、猿投方面
- 2.三河線 土橋、知立方面
駅名の由来
挙母は、古くは『古事記』に「許呂母之別」と書かれており、また『和名類聚抄』には挙母郷の名が出てくるという古い地名です。「上」は挙母の中心部がこの地方よりやや北側にあったため、それを区別するために付されたものでしょう。
歴史
三河鉄道によって設置された駅です。
- 【1920年8月31日】 三河鉄道が土橋から上挙母まで延長開業された際に、終着駅「上挙母」として開業。
- 【1920年11月1日】 三河鉄道が上挙母-挙母(現、豊田市)を開業、中間駅となります。
- 【1929年12月18日】 三河鉄道挙母線が三河岩脇-上挙母を開業し、接続駅となります。
- 【1941年6月1日】 三河鉄道が名古屋鉄道に合併、名鉄三河線および名鉄挙母線の駅となります。
- 【1973年3月3日】 この日かぎりで名鉄挙母線が全線廃止、三河線の単独駅となります。
周辺の見どころ
確認中。