橋上駅舎化で大きく変貌

豊橋

とよはし
Toyohashi

写真準備中

名古屋近郊区間の東の限界と位置づけられているようで、名古屋を中心とした東海道線の列車は、ここから東になると本数が大幅に減少する。これには、平行する名鉄の競争力が強いという面もあるのだろう。

はじめて下車した当時は、飯田線および名鉄(改札内)の頭端式ホームに接して東側に駅舎が設けられ、東海道本線の島式2面4線が跨線橋で結ばれ、さらに東海道新幹線の対向式2面4線(うち2線は中線)が南側に位置しており、新幹線コンコースから西口に改札が設けられるという格好になっていた。現在は橋上駅舎となっており、比較的ゆったりとしたコンコースを擁しているが、列車が発着するたびに乗り換えの移動が大きい。

東側にはペデステリアンデッキが整備されており、豊橋鉄道の軌道線には階段またはエレベータを下りるだけでアプローチできる。

停車列車 [2010年2月現在]

確認中。

乗り場

北側から順に、1番線、2番線…となります。

駅名の由来

確認中。

歴史

国鉄最初の「民衆駅」(民間資本が入ることによって作られた駅)として、1950年4月に2階建ての2代目駅舎が完成した。1964年の東海道新幹線開業の際にも大きな変化はなかったが、手狭になったため1970年に改築され、さらに現在では橋上化されている。

周辺の見どころ

確認中。

《乗り換え》名鉄-名古屋本線(同一構内)、豊橋鉄道-渥美線:新豊橋東田本線:駅前

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