地上の2面3線で、駅舎は橋上に設けられています。和風の、道場を連想させるデザインになっています。
主要な出口は北口で、駅前には小規模なスーパーが並んでいるほか、少し駅から離れると、宿場町の面影が残っています。
南口には立派な駅前広場がありますが、住宅が若干あるのみで、これから開発が始まるといった風情です。橋上駅舎化されてはじめて整備されたのでしょう。
停車列車 [2010年3月現在]
確認中。
乗り場
確認中。
駅名の由来
特記事項なし。
歴史
かなり早い段階で開業しました。この付近は急勾配となっており、非電化当時の蒸気機関車牽引列車は大垣で補機を連結しましたが、輸送上のネックになっていたため、勾配を緩和する迂回線が北側に設けられ、1944年10月11日から、下り列車は迂回線を経由するようになり、垂井駅は上りのみの営業となりました。この際、迂回線に「新垂井」駅が設けられ、両駅間はバスで連絡されました。しかし、戦後の1946年11月1日に垂井駅の下り線営業が復活すると、新垂井駅の意義はしだいに減少し、連絡バスが廃止され、ついで1986年には新垂井駅も廃止されました。なお、現在も下り貨物列車は、この迂回線を利用しています。
- 【1884年5月25日】 関ヶ原-大垣間に鉄道開通、垂井駅設置。
- 【1944年10月11日】 大垣-南荒尾信号場-新垂井(現在は駅廃止)-関ヶ原の迂回線開通に伴い、上り列車のみの営業となります。
- 【1946年11月1日】 下り列車の営業再開。
- 【1971年10月3日】 この日かぎりで貨物営業廃止。
- 【1987年4月1日】 国鉄の分割民営化に伴い、JR東海の駅となります。
周辺の見どころ
不破関跡【未訪】
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