山里の中の終着駅

伊勢奥津

いせおきつ
Iseokitsu

名松線は、2009年10月に発生した水害のため家城-伊勢奥津が運休、バスによる代行輸送が行われています。JR東海の発表では、同区間は鉄道による復旧は行わずバスで運行する予定とのこと[1]ですが、復旧および維持を自治体が行うことによって2015年度に復旧するという新聞報道[2]もあり、今後の見通しは流動的です。いずれにせよ、当面はバス代行輸送が継続されます。(2011年1月現在)

伊勢奥津駅
▲伊勢奥津駅駅舎《2005年7月24日撮影》
八幡地域住民センター
【写真1】新駅舎は、八幡地域住民センターの東側部分になっており、フラットに出入りできる形になっています。《2005年7月24日撮影》

雲出川に沿って渓谷を上ってきたディーゼルカーは、西へと向きを変えると、盆地状に開けたところに出ます。ここに奥津おきつの集落が形成されており、ディーゼルカーは速度をしだいに落として、伊勢奥津に到着します。

駅舎は、伊勢八知と同様、自治体による「八幡地域住民センター」の一角に組み込まれています。丸太をそのまま組み合わせた建物で、真新しいこともあってきれいで明るいつくりになっています。

駅への玄関部分は、すべて現地で産出されたスギが使われているそうです。待合室内のベンチまでスギというのですから、豪勢なもの。なお、無人化されたのちに作られたにもかかわらず、なぜかシャッターの降りている窓があるのですが、簡易委託業務を行う予定でもあるのでしょうか。

伊勢奥津駅旧駅舎
【写真2】2004年まで使われていたという、伊勢奥津駅旧駅舎。板張りや玄関付近のつくりなどは、伊勢竹原の駅舎とほぼ同じです。《1994年7月27日撮影》

かつては、伊勢竹原とほぼ同じスタイルの、板張りの木造駅舎があり、無人化されたのちもそのまま使われてきましたが、やはり老朽化が著しかったのでしょうか、解体されています。なお、新駅舎の位置は、旧駅舎よりもやや奥のほうに移動しているようです。

伊勢奥津駅ホーム
【写真3】かつて島式ホームの1面2線でしたが、現在は1面1線というもっともシンプルな終着駅になっています。《2005年7月24日撮影》

私が最初に下車したときは、島式ホーム1面2線のほかに側線があるという、旅客扱いのみの無人駅としては出色の規模を誇っていました。広い構内は、終着駅としての貫禄を持っていたともいえます。名張までの開業が最終目標だっただけに、終着駅として立派だった伊勢奥津に降りたったとき、やや複雑な感慨を抱いたものです。

現在は、ホームこそかつてのままですが(ホームの両側に点字ブロックが埋められているのがその名残)、レールが残っているのは1線のみで、反対側の線と側線は、地域住民センターおよび駐車場に飲み込まれています。

給水塔
【写真4】蒸気機関車時代に使われていた給水塔だけが、なぜか解体されずに残っていました。《2005年7月24日撮影》

レールの先には、蒸気機関車時代に使われていた給水塔が残っていました。伊勢奥津駅の設備が、ホームをのぞいて全面的にリニューアルされただけで、これだけが手つかずだったのは意外です。そうかといって、産業文化財として保存されているといった雰囲気でもなく、放置されているという表現が妥当でしょう。

駅周辺は静かな集落で、駅前には小規模な個人商店なども見られますが、空き家になっている住宅も見られました。

駅前から名張へ向かう路線バスが走っており、これによって、名張と松阪を連絡することはできますが、1日3往復と便数が極端に少なく、乗り継ぐ人はほとんどいないでしょう。

駅名の由来

確認中。

歴史

名松線の最終区間に設けられました。この時点ではすでに参宮急行電鉄が桜井と伊勢地方を結んでおり、名松線の存在意義は低下していました。

周辺の見どころ

確認中。


  1. JR東海ニュースリリース「名松線の今後の輸送計画について」(2009年10月29日)。
  2. 中日新聞-三重 「JR名松線 16年度全線開通へ 地元住民 歓迎の声」(2010年12月9日)。

【名松線】 松阪上ノ庄権現前伊勢八太一志井関伊勢大井伊勢川口関ノ宮家城伊勢竹原伊勢鎌倉伊勢八知比津伊勢奥津

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