伊勢竹原を出ると、いよいよ雲出川に沿って山林を分け入っていくようになり、急勾配や急曲線にディーゼルカーが挑むようになります。峡谷ということばがふさわしい光景が車窓に見えるようになると、ほどなく伊勢鎌倉に到着します。
家城、伊勢竹原と、まとまった集落があった駅とは異なり、集落からかなり離れていることもあり、片面ホームのみで列車交換が可能だった痕跡もないという、きわめてシンプルな駅になっています。ホームは比較的広く、新しい待合室が整備されていますが、この待合室が浮いているように感じられました。古くからの駅ですが、そもそも駅舎があったかどうかもわかりません。
駅の周辺には数戸の住宅がありますが、すべて廃屋となっており、柱が折れて倒壊しているものもありました。日本有数の多雨地帯でもあり、メンテナンスされない木造建造物は、早い段階で自然に帰るのかもしれないなどと思ったものです。駅前の道路はあまり太くないながらもきれいに整備されており、自動車が頻繁に通るにもかかわらず、その道路の脇にある存在は無視されているようでした。
駅名の由来
確認中。
歴史
名松線の最終区間に設けられました。この時点ではすでに参宮急行電鉄が桜井と伊勢地方を結んでおり、名松線の存在意義は低下していました。
- 【1935年12月5日】 国有鉄道(鉄道省)によって、名松線の家城-伊勢奥津間が開通し、伊勢鎌倉駅開業。当時は、参宮線津-山田(現、伊勢市)間および名松線各駅に発着する旅客のみの取扱いでした。
- 【1947年9月30日】 この日かぎりで旅客取扱制限廃止。
- 【1982年8月1日】 台風10号豪雨に伴い、名松線が全線で運休、バスによる代行運転を実施(9月1日までに、松阪-伊勢竹原間は復旧)。
- 【1983年6月1日】 名松線が全線復旧、営業再開。
- 【1987年4月1日】 国鉄の分割民営化に伴い、JR東海の駅となります。
- 【2009年10月8日】 台風18号豪雨による土砂災害に伴い、名松線が全線で運休、バスによる代行運転を実施(15日、松阪-家城間は復旧)。
周辺の見どころ
特になし。
- JR東海ニュースリリース「名松線の今後の輸送計画について」(2009年10月29日)。
- 中日新聞-三重 「JR名松線 16年度全線開通へ 地元住民 歓迎の声」(2010年12月9日)。