仙台臨海鉄道の分岐駅で、同鉄道線からの貨物列車接続駅です。かつては貨物専用だったJR塩釜線(独立した正式名称を持っていました)が分岐していたこともあり、貨物列車の拠点としての性格が濃厚です。このため陸前山王駅は、JR貨物が管理しており、JR東日本としては無人駅になっています。なお陸前山王駅自体は、貨物営業は行っていません。
ホームは2面3線から成り、島式ホームと駅本屋との間は跨線橋で連絡しています。この跨線橋もそれなりの年代物のようですが、あまり手入れがされていないという印象も受けました。
前述のとおり駅はJR貨物が管理しており、駅務室の入口にもJR貨物の表札が掲げられています。
Suica対応のため自動改札機が導入され、指定席発行対応の自動券売機も設けられていますが、窓口は無人になっています。ただし精算機はなく、また自動改札機非対応の乗車券類を所持している場合などはインターフォンで連絡する仕組みになっていますが、現金の収受などはどのように行うのでしょうか。
駅舎はオーソドックスな木造平屋建てのもので、1943年12月に改築された2代目のものです[1]。直線のみで構成された、愛想も何もないデザインですが、いわば国鉄標準スタイルの駅舎がそのまま利用されているわけで、仙台都市圏にこの規模の駅舎が残っているのは、陸前山王駅自体が旅客駅としてはごく小規模であり、しかし運行上は係員が常駐する必要がある駅であったという結果でしょうか。
駅の周辺には多賀城に関係の深い遺跡が点在していますが、多賀城市西側一帯に広がる水田地帯の中心に位置しており、都市化はあまり進んでいません。
停車列車 [2011年3月現在]
寝台特急、快速「南三陸」は停車しません。
乗り場
駅本屋側(西側)から順に、1番線、2番線、3番線となります。
- 1.東北本線下り 小牛田、一ノ関方面
- 2.東北本線上り 岩切、仙台
- 3.東北本線上り 岩切、仙台方面
駅名の由来
駅にほど近い日吉神社が「山王様」と呼ばれており、これが地名になったものです。
歴史
東北線と塩竃線の分岐駅として、貨物輸送の拠点駅として歩んできました。
- 【1887年12月15日】 日本鉄道により郡山-仙台-塩竃が開通。この時点では駅設置なし。
- 【1890年4月16日】 岩切-(旧)松島-一ノ関が開通(この時点では利府駅は未設置)、岩切-塩竃が枝線化。
- 【1933年8月15日】 多賀城前駅として開業。旅客駅で、岩沼-小牛田および塩竃線各駅との間の発着のみを取り扱っていました。
- 【1944年2月1日】 貨物扱い営業開始。
- 【1944年5月1日】 駅名を多賀城前から「陸前山王」に変更。
- 【1944年11月15日】 岩切-陸前山王-新松島信号場(現在の松島)-品井沼、通称「海線」が開通(従来の線は「山線」と呼ばれました)。陸前山王では東北本線の列車扱いがなかったため、岩切が山線と海線の分岐駅となりました。なお、陸前山王は東北本線所属の駅となり、東北本線と塩竃線の分岐駅も岩切から陸前山王に移っています。
- 【1956年7月8日】 この日かぎりで塩竃線の旅客営業廃止(初詣臨時列車がその後も運行)。
- 【1961年5月31日】 この日かぎりで貨物扱い廃止。
- 【1971年10月1日】 仙台臨海鉄道が開業、同鉄道発着貨物の取扱い開始。
- 【1987年4月1日】 国鉄の分割民営化に伴い、JR東日本およびJR貨物の駅となります。
- 【1997年3月31日】 この日かぎりで塩釜線(陸前山王-塩釜埠頭間全線)廃止、東北本線単独駅となります。
- 【2011年3月11日】 東日本大震災が発生、東北本線が全線で運休。
- 【2011年4月5日】 東北本線の岩切-松島間が復旧、営業再開。
- 【2011年4月7日】 この日発生の余震により、再び東北本線・黒磯-盛岡間が運休。
- 【2011年4月21日】 東北本線・仙台-一ノ関間が復旧、東北本線が全線で営業再開。
周辺の見どころ
確認中。
- 『日本国有鉄道停車場一覧 昭和60年6月1日現在』1985年、日本交通公社、261ページ。