渋民という地名からは、石川啄木の名を連想する人も多いでしょう。啄木は東北地方を通る汽車や停車場を詠んだ歌を残していますが、渋民駅はひとつも出てきません。それもそのはず、明治時代には渋民駅は存在せず、戦後になってやっと設置された駅だからです。
もともとは戦時中に設けられた信号場が格上げされたものですが、今となっては単純な相対式2面2線という、何の変哲もない配線になっています。駅本屋は上りホーム側にあり、下りホームとの間は跨線橋で連絡しています。
下りホーム側にも独自の出口があり、直接外に出ることができます。こちらには改札を行う施設などはなく、直接通路が外の道路につながっています。こちらに出ると住宅地へと直接行くことができるため、通勤通学客の利用が多いようです。
いっぽう上りホームには木造平屋建ての駅舎があります。おそらく信号場が設置された当時のものがそのまま使われているものと思われ、現在では委託駅員が乗車券類を販売しています。駅前にはタクシーが常駐しているほか、小公園があり、啄木由来の地をまわる観光客の利用もあるようです。
乗り場
東側(駅本屋側)から順に、1番線、2番線となります。
- 1.上り 盛岡方面
- 2.下り 二戸、目時方面
駅名の由来
確認中。
歴史
戦時中に設置された渋民信号場が全身です。信号場時代から旅客の乗降を取り扱っていたようですが、正式に停車場になったのは1950年になってからのことでした。
- 【1943年10月1日】 渋民信号場設置。
- 【1950年12月1日】 停車場として営業開業。
- 【1970年9月30日】 この日かぎりで貨物営業廃止。
- 【1987年4月1日】 国鉄の分割民営化に伴い、JR東日本の駅となります。
- 【2002年12月1日】 東北新幹線八戸開業に伴い、JR東日本の盛岡-目時間がアイジーアールいわて銀河鉄道に転換され、同社の駅となります。
周辺の見どころ
確認中。