明治の老雄、健在なり -肥薩線の木造駅舎-

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 南九州の肥薩線は、かつて熊本から鹿児島方面へ向かう際のメインルートであり、鹿児島本線を名乗っていました。急峻な矢岳越えをするために、三段式スイッチバックやループ線、当時の技術水準では非常に難しかった長大トンネルなどの設備が見られます。しかし、海岸沿いのルートが完成すると、人吉ルートは亜幹線ランクに格下げとなり、徐々にその役割が低下していきました。

 このため、非常に早い時期から整備されたいっぽう、ゆるやかに役割が減退していったため、鉄道開通当時、あるいは駅開業後間もないと思われる木造駅舎が、多く現存しています。黒をベースとした板張り、玄関部分を覆う直線的な軒などに共通した特徴があります。これだけの数の木造駅舎がJRの特定線区に集中しているのは珍しく、無人化された駅が多い現在でも、地元の手によって清掃などが行き届いているところが多いのは、うれしいかぎりです。時間をかけて、いろいろな駅をめぐってみるのも一興でしょう。特に、大隅横川と嘉例川は、日本最古級の駅舎を擁しており、貫禄十分です。なお、大正生まれの門司港駅を「九州最古の駅舎」と紹介しているWebサイトを複数見たことがありますが、これは単なる勘違いでしょう。


※未乗降につきリンク未設定。

 玄関周辺が白塗りになっており、窓にサッシが入っているものの、丁寧に使われています。球磨川が屈曲してできた狭小な平坦地を贅沢に使っており、かつての盛況がうかがえます。

 黒っぽい駅が多い中で、全面部分を基本的に白ベースに改装しており、明るい雰囲気になっています。農協の支部が入居しています。

※未乗降につきリンク未設定。

 ループ線とスイッチバックを併用して高度を稼いでいることで名高い駅です。肥薩線の駅舎の中では、やや小ぶり。

 肥薩線内で最も標高が高いところにあります。すっかり枯れた雰囲気になっていますが、これは肥薩線のてこ入れに際して改築された結果とのこと。

 有人駅時代には枯山水庭園で有名でした。現在でも、それに見合うようにきれいに整備されている木造駅舎に、単なる観光用途としての活用にとどまらない、地域の象徴としての役割を感じます。

 知名度では嘉例川に譲るものの、現役の交換可能駅にして町の玄関口としての貫禄という点では、こちらのほうが上。高い天井、太い梁など、明治時代における鉄道のロールプレイを思い起こさせてくれる、沈黙せし時代の生き証人です。

 新建材による改修などがまったく行われておらず、肥薩線の木造駅舎の代名詞とも呼ぶべき存在になっています。観光特急「はやとの風」も停車するようになりました。

(2005年7月16日)

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