かつて鉄の都として栄華を誇った八幡の玄関口ですが、駅周辺にはすでに製鉄関連の設備などはなく、非常に寂しい駅になり果てています。
ホームは築堤上に2面4線を備え、南側にある駅本屋との間は地下道で連絡しています。駅前一帯は築堤と同じ高さにかさ上げされており、その地下を国道が通っています。
現在の駅舎は鉄骨造地上5階建てですが、実際に駅舎として使われているのは1階のみで、駅事務室のほかに飲食店やコンビニなどが入っています。2階から上は立体駐車場となっており、スケルトン状態の外壁が駅の現状を語っています。駅前広場も駐車場、駅の上も駐車場、駅全体が自動車に占拠されたような印象を抱いたのは私だけでしょうか。
以前は鉄骨3階建ての堂々たる駅舎があり、良質なモダニズム建築が八幡の街を睥睨していましたが、この地の経済的な地盤沈下とともに駅の存在が浮いた状態になっていき、私が下車した1990年代には駅そのものが時代遅れの象徴になっていた観さえありました。もっとも、私が最初にこの駅に降りたときには「新幹線みたいな駅舎だな」としか思わなかったのも確かなので、あっさり解体されてしまったのもわからないでもありません。モダニズム建築は、世論から高い評価を受けにくい宿命にあるということなのでしょうか。
旧駅舎の晩年には北九州市立自然史博物館が同居しており、1981年5月2日にオープンした当初は「西日本における唯一の自然史の総合博物館」で「国鉄駅舎を博物館に利用したのは全国初のケース」として脚光を浴びました[1]。
駅前には大きなロータリーが整備されていますが、周辺には空き室の目立つ雑居ビルがぼつぼつ建ち並んでいる程度で、静かなものです。駅の出口は南側にのみ設けられており、改札を出て左側(小倉方)にある地下自由通路で北側に出ることができますが、北側は工場跡地に郊外型ショップが多く立地しています。
1992年までは駅前ほど近いところに西鉄北九州市内線が東西に走っていましたが、これも廃止されており、これも街の斜陽化に拍車をかけたように思えます。
停車列車 [2008年11月現在]
特急は基本的に通過しますが、ごく一部の便が停車します。
乗り場
駅本屋側から順に、1番線、2番線…となります。
- 1.鹿児島本線下り 折尾、博多方面
- 2.鹿児島本線下り 折尾、博多方面
- 3.鹿児島本線上り 小倉、門司港方面
- 4.鹿児島本線上り 小倉、門司港方面
駅名の由来
八幡の地名は、1889年4月に尾倉、大蔵、枝光3村が合併した際にできた新村の名称として始まった新しいもので、各村で祀られていた八幡神社から取られたものです[2]。
歴史
鉄の街を支えてきた駅といえます。同時に、高度成長期以降は停滞した駅ともいえます。
- 【1902年12月27日】 九州鉄道が小倉-黒崎で海側経由の新線を開通させた際、新線上に八幡駅が開業。
- 【1907年7月1日】 九州鉄道が国有化されます。
- 【1954年9月30日】 この日かぎりで貨物扱い廃止。
- 【1955年8月1日】 現在位置に移転し、鉄骨3階建ての新駅舎が供用開始。
- 【1981年5月2日】 北九州市立自然史博物館が開館。
- 【2002年11月--日】 北九州市立自然史博物館が移転、東田の「いのちのたび博物館」として開館(最終開館日は確認中)。
- 【2007年11月4日】 新駅舎供用開始。
周辺の見どころ
コメント準備中。
- 『鉄道ピクトリアル』No.395(1981年10月号)電気車研究会、89頁。
- 北九州市公式Webサイトによる。