関門トンネルをくぐった山陽本線は、地上に出ると鹿児島本線と合流、多くのポイントをわたって、門司駅へと入っていきます。九州に入ってはじめての駅ということもあり、関門トンネル開通後は鉄道交通の一大拠点として栄えました。戦後は、山陽本線が直流電化、九州内が交流電化(筑肥線を除く)となり、この境界が門司駅の下関方にあるため、関門専用の交直両用機関車と交流機関車の付け替え拠点ともなりました。しかし、新幹線開業後は小倉に拠点としての役割を譲り、客車列車の激減や貨物列車の減少もあって機関車の付け替え作業も少なくなり、広い構内を完全に持てあましています。
かつては、断面が三角形状になったユニークな駅舎が建ち、広いコンコースには高い天井を支える丸支柱が延びており、立派な地下道も相まって、九州の入り口としての貫禄を誇っていました。現在は、駅舎はテナントの入ったビルの一角に収まっており、自動改札からホームへ跨線橋が通じるという構造になっています。ホームには古い支柱が残るなど、時代の名残が感じられますが、改札内には売店などがいっさいないなど、拠点駅としての貫禄は見る影もありません。北側には出口はなく、いったん改札を出てから跨線橋を通る格好になっています。
なお、2004年3月30日、新駅舎と駅前広場の整備、南北自由通路が供用開始されました。鉄骨3階建ての橋上駅舎で、サッポロビール九州工場閉鎖に伴う再開発事業の一環として行われたものです。
駅前にはロータリーが整備され、国道3号線に面しているため交通量は多いものの、商店などはあまり多くなく、活気に乏しいのが現状です。駅の北側には、帝国麦酒(のちのサッポロビール)門司工場の跡地があり、赤煉瓦の建物が残っています。
停車列車 [2011年3月現在]
確認中。
乗り場
確認中。
駅名の由来
確認中。
歴史
鹿児島線の中間駅として開業しました。当初は「大里」と称し、門司(現・門司港)から小倉へいたる地点の小駅でしたが(旧門司市の中心街は門司港駅付近)、1942年11月15日の関門トンネル開業を受け、山陽本線との接続駅となっています。「門司」と改称されたのは、トンネル開通直前の1942年4月1日で、同時に、当時の門司駅は門司港と改称されています。
長らく、九州の玄関口として発展しましたが、1975年3月10日に山陽新幹線が開通すると、北九州市の玄関駅は小倉駅となり、ローカル駅となって現在にいたっています。
周辺の見どころ
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