勾配の続く中、断続的にトンネルを越え、崖下に集落が見えてくると、ほどなく大行司駅になります。彦山以南では唯一の交換可能駅です。
駅は斜面の途中に設けられており、東側は崖、西側の急勾配を降りて駅の出口にいたります。ホームから階段をえんえん下りていくと、そこに駅舎があります。現在では当然のように無人化されていますが、手入れは比較的行き届いています。

ホームから駅舎へ通じる通路。実際には階段中ほど下側にある踊り場から撮影しており、駅舎とホームの間の行き来にはそれなりの時間は必要です。《2008年11月2日撮影》
駅舎内部の待合室設備はごく簡素なものですが、スペースには比較的ゆとりがあります。古い木造駅舎としては天井が低いものの、ガラス窓を多用しているため採光がよく、圧迫感はありません。おそらく駅開業当時の駅舎がそのまま使われていると思われますが、終戦後の混乱期である1946年9月開業当初はガラスは貴重品だったはずで、ここまで窓を設けていることに、駅に対する期待の大きさを示しているとも見てとれます。
待合室の中には、据え付けのベンチのほかに、あとから運ばれた木製ベンチがあります。このほか、各種パンフレットがかつての窓口跡に置かれています。

大行司駅駅舎内。クラシカルな据え付けベンチと、あとから運ばれた木製ベンチがあります。やや埃っぽいものの丁寧に扱われています。《2008年11月2日撮影》
駅舎は木造平屋建て、シンプルな切妻屋根ですが、駅構内内側が長くなっており、ホーム側からみると軒の部分がたっぷり取られているため、意外に存在感があります。逆に駅の外側は、玄関部分に小さい庇があるのみです。外壁は下見板貼りで、下半分がペンキで白く塗られており、上下のコントラストが目を引きます。
駅舎を取り囲むように植え込みが設けられており、また花が添えられています。きちんと維持されており、駅の清掃ともども、地元の協力があってのことでしょう。残念なのは駅構内にトイレがないことですが、メンテナンスを考慮するとやむを得ないのかもしれません。

大行司駅玄関。植木がきれいに刈り込まれています。白いのは塗り壁ではなく、下見板貼りにペンキ塗り。《2008年11月2日撮影》
ホームは相対式2面2線で、夜明方にある構内踏切で連絡しており、西側の上りホームから駅舎へと通路がのびています。東側への出口はありません――というより、東側は崖なのでどうしようもありませんが。
両ホームとも幅がずいぶんと狭く、狭小なスペースになんとか行き違い設備を置いたことの苦労がしのばれます。ホーム上および階段には黄色いフラッグが飾られていましたが、どのような意図なのかの説明はなく、また私が下車したときには周囲に人もいなかったため、詳細はわからずじまいでした。

夕暮れ時の大行司駅ホーム。崖脇に斜面上に駅が設けられていることがわかります。《2008年11月2日撮影》
基本的な出口は上りホーム夜明方からの階段ですが、上りホーム城野方からはスロープ状の通路があり、階段を使わずに出入りできます。こちらは自動車が一台通れる程度の状態になっており、わだちの状態などから保線作業などの資材を運搬する際、自動車が出入りしているものと思われます。もっとも、階段がないとはいえ、車いすで昇降できる勾配ではなく、これをもってバリアフリー対応とはとうてい呼べませんが。

大行司駅のもうひとつのアプローチ。急坂ですが自動車でホームまで上がれます。《2008年11月2日撮影》
駅のすぐ近くには小学校があり、旧宝珠山村の中心部に位置しています。駅近くには個人商店がぽつぽつ建っており、山間に少し開けた空間を形成しています。
番線表示は確認できませんでした。
駅からほど近い位置にある高木神社の旧称が「大行司社」であり、ここから取られたものと思われます。大行司社は、彦山神領内のうち宝珠山一帯における鎮守神として置かれたものです。
夜明方から延長された際、10年近くにわたって終着駅でした。
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2008年12月7日
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