大隅横川と同様、開業当初からの駅舎がよく残っている駅です。高い天井、黒を基調とした板張りの壁、玄関部分の大きな庇など、威風堂々とした面構えが印象的です。大隅横川と異なり、ガラス窓が少ないためやや室内は暗くなっています。
もとは交換可能でしたが、現在は下り線のレールは撤去されホームも花壇と化し、駅舎側の片面ホームのみが使われています。無人化されていますが、地元の人の手によって手入れされており、きれいに利用されています。

隅から隅まで木の香りが漂います。脇に生える松が、いい引き立て役になっています。《2005年3月8日撮影》
ラッチから出札窓口、駅事務室にいたるまで、ふんだんに良質の木材が使われています。決して大きくない集落の玄関口でありながらこれだけの駅舎を作ったのは、当時では先端産業や軍事を支える重要なインフラであった鉄道の重要性を示しているともいえましょう。

改札口の周辺も古いものがそのまま残されています。《2005年3月8日撮影》
嘉例川は脇を流れる小さな川で、駅の周辺にはこぢんまりとした集落があります。ただし、すぐ近くに鹿児島空港があり、離発着する航空機が頻繁に音を立てるため、静謐とはいいがたいのが残念。
駅の待合室には、駅の訪問者が綴ったノートなどが置かれるとともに、パンフレットや各種案内があり、この駅を核として嘉例川地方を観光地としてアピールしようという姿勢が感じられます。また、妙見温泉への玄関口として、“100年の歴史を持つ駅舎”とあわせ、観光アピールが盛んに行われています。この駅を管理している、霧島高原鉄道事業部が置かれている吉松で、嘉例川駅の入場券も発売されています。このように、地元客の利用が今なお第一に想定されているとうかがえる大隅横川とは、微妙に駅の取り上げかたが異なっているようです。
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1903年1月、国分(現・隼人。現在の国分とは異なる)-横川(現・大隅横川)が開通した際、唯一の中間駅として開業しました。鹿児島本線が川内まわりになってからの斜陽化は著しく、1962年9月19日かぎりで貨物営業が廃止されています。
九州新幹線の新八代-鹿児島中央開業にあわせて、肥薩線の観光輸送にスポットがあたるようになり、新設された特急「はやとの風」が停車するようになりました。これにあわせて、駅弁の販売が開始されるなど、観光客の呼び込みに力が入っています。
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2005年3月20日
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