御堂筋線の核となる駅のひとつです。全国の地下鉄各駅の中で最大の乗降客数を誇っており(共同使用駅等を除く)、1面2線だった時代には朝ラッシュ時の改札制限が常態化するほどでした。現在は、各方向のホームを別々に分離(後述)することによって改札制限は解消していますが、コンコースが終日混雑していることにはかわりありません。
現在、江坂方面(北行き)と中百舌鳥方面(南行き)は別個のホームにわかれていますが、両ホームを仕切っている壁にはところどころ通行可能な穴が開いているため、上下ホームを行き来することができます。江坂方面行きホームは、開業当時のヴォールト天井から三角形をベースとした照明器具が下がっています。階段や冷房装置などが線路側に寄っているのは、もともとこのホームが島式として使われていたためで、上掲写真で床面左側に見えるラインは、かつてその左側に線路が敷設されていた名残です。いっぽう、中百舌鳥方面行きホームは、低めの天井に蛍光灯の列が2つ並ぶという、ごくオーソドックスなものになっています。

中百舌鳥方面行きホームは天井が低くなっています。これといった特徴もありません。《2005年3月13日撮影》
コンコースは、北、中、南の3つがあり、このうち北コンコースと中コンコースの間は地下1階にある改札内スロープで連絡しています。北改札は阪急への連絡通路と接しているほか、ヨドバシカメラ梅田店(旧大阪鉄道管理局)方面へ続いています。中改札近くには駅長室や定期券売り場などがあり、事務的な機能が多く集中しています。南口は阪神梅田駅や梅田地下街、曾根崎警察署と直結した大きなコンコースで、改札前を歩く人の動きが絶えることがありません。
なお、谷町線東梅田、四つ橋線西梅田の両駅は、運賃計算上では同一駅として扱われています。この際、改札を出てから30分以内であれば、通算運賃の乗車券で乗り換えることが可能です。いずれも、南改札から乗り換えることになります。
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1933年5月に仮駅として設置され、心斎橋までの区間が開業しました。これが、大阪における最初の、そして日本で2番目となる地下鉄です。本駅が開業したのは1935年10月6日のことです。また、新幹線開業に先立ち、1964年9月24日には新大阪へと延長開業しています。
その後、旅客需要の激増により、改札制限が常態化していたことを受け、戦前に建設されたものの供用されていなかったトンネルを転用して中百舌鳥方面行きの新ホームを建設し、1989年に供用を開始して上下ホームを分離しました。
なお、現在のホームは12両編成対応となっていますが、これは本駅開業当初から変わっていません。淀屋橋駅や心斎橋駅にも通じる巨大なヴォールト天井、あるいはそこから下がる凝った照明機材など、戦前につくられたものとは思えないスケールの大きい駅で、東京の地下鉄銀座線の駅などとは趣がずいぶん違います。これは、地下鉄事業を推進した当時の関一大阪市長の信念によるものといわれていますが、その長大ホームでさえ輸送客をさばききれない状況になったのですから、御堂筋線の重要度は開業当時と比較にならないものになっているといえましょう。
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《乗り換え》谷町線-東梅田、四つ橋線-西梅田、阪急、阪神、JR西日本-大阪、北新地
2006年11月24日
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