
【写真1】浜寺公園駅の下りホームは島式で、列車の通過待避が行われます。《2002年9月21日撮影》
かつて大阪郊外の一級観光地として知られた浜寺公園への最寄り駅です。現在は普通のみが停車する、静かな小駅となっていますが、駅の設備は立派で、かつて特急が停車した当時の名残がそこかしこに感じられます。
変則的な2面4線構成となっていますが、うち上りの1線は切り欠け式ホームに入っており、以前は折り返し列車の発着に用いられていました。下りは島式ホームになっており列車待避が行われています。改札は上りホームに面しており、下りホームとの間は地下道で結ばれています。

【写真2】浜寺公園駅玄関を脇より望む。《2006年2月5日撮影》
上りホームから西側に向かって建つ駅舎は、白を貴重にした洋館風の建造物で、明治時代のものがそのまま使われています。駅舎本体のみならず屋根まで含め、ほとんど建造当時の姿そのままが残されており、明治の駅舎建築の傑作として貴重な存在です。無粋なCI掲示やポスターなどもなく、郵便ポストまで丸型のものが使われるなど、駅舎そのものが景観の中心と位置づけられ、大事に扱われています。惜しむらくは、駅前に建つ電柱で、これのおかげで駅舎の全景写真が撮りにくくなっています。

【写真3】浜寺公園駅玄関支柱。《2006年2月5日撮影》
東京駅や大阪市公会堂(通称、中之島公会堂)などを手がけた辰野金吾設計事務所の手によるもので、木造平屋建て。薄紫色のハーフティンバーが美しく、玄関部分の柱は徳利型の造形にしあがっており、軒には多様な幾何学模様が施されています。駅の向かって右側は、かつて一等および二等専用の待合室でしたが、現在はギャラリーとして利用されています。

【写真4】浜寺公園駅臨時改札口。観光客で賑わっていた時代の名残です。《2006年2月5日撮影》
北隣の諏訪ノ森駅上り駅舎と同様、国の登録有形文化財となっています。高架化計画があり、ゆったりしたホームを代表とする駅構内の雰囲気を感じ取れるのもあまり長くなさそうですが、駅周辺の敷地に余裕があるため、駅舎は今後も保存されるものと思われます。
浜寺公園海水浴場を核としたリゾート駅として利用され、駅の周辺は高級住宅地として開発されました。当時の浜寺は「東洋一の海水浴場」と称され、大阪から多数の海水浴客が訪れました。このため、南海のほか、阪堺電気軌道が公園直近へ延び、南の羽衣には阪和電気鉄道(現在のJR阪和線)が支線を設けるなど、私鉄が集結する地域となりました。しかし現在では、沿岸が工業地帯となって海水浴とは無縁の公園となり、かつての賑わいはありません。周囲は住宅地となっています。
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1897年10月、南海鉄道によって「浜寺」駅として開業しました。現在の駅舎が建てられたのは1907年のことで、同年8月20日に現在の駅名に変更されています。
駅から西へ、徒歩2分。阪堺電気軌道-阪堺線:浜寺駅前を参照のこと。
《乗り換え》阪堺電気軌道-阪堺線:浜寺駅前
2005月8月23日、写真を追加のうえ加筆修正