京都、宝塚、神戸各本線が分岐する拠点駅で、梅田からの三複線区間はここで終了となります。形式上は、梅田-十三は神戸本線(複線)と宝塚本線(複々線)の二重戸籍区間で、京都本線が宝塚本線に乗り入れるということになっていますが、これは京都本線が阪急系ではない北大阪電気鉄道(現在の北大阪急行電鉄とは無関係)の後進であったためでしょう。
4面6線から成る地平駅で、このうち両側2面が単式、中の2面が島式です。改札は両側のホーム脇にそれぞれ設けられており、各ホーム間は地下通路と跨線橋で連絡しています。乗降客もかなり多いのですが、何より本線の乗換駅ということもあり、特に上り列車が到着すると大勢の乗り換え客が移動します。
改札は、東西に2個所設けられています。東口からは商店街が、東側と北側の2方面に延びています。日用品などを扱った商店が多いという印象があります。また、淀川区役所など官公庁も多く立地しています。いっぽう、西口はアーケードと直結しており、飲食店や飲み屋などが多く並んでいるほか、北野高校へのアクセスルートであるため学生の行き来もみられます。いずれも庶民的な歓楽街としての色彩が濃厚です。

十三駅西口。アーケード街のつきあたりに駅があります。《2005年8月7日撮影》
前述のとおり3線が集中しており、いちばん西側のホームは神戸線三宮方面、いちばん東側のホームは京都線梅田方面で、中にある2つの島式ホームは、異なる路線の別方面乗り場を担当しています。3線は、十三駅の梅田側(南側)で分岐をはじめ、その反対側(北側)では大きくわかれています。このうち、特に神戸線と宝塚線に挟まれている島式ホームはΔに近い形になっており幅が広いため、コンビニエンスストアや立ち食いそばなどの店舗が多く入っています。

宝塚線宝塚方面および神戸線梅田方面行きホームから梅田方面を望む。十三駅梅田側から先は、3つの複線が扇形に広がっていくのがわかります。《2005年8月7日撮影》
なお、この十三駅から新大阪駅へいたる計画があり、現在も阪急が免許を保有していますが、着工の見通しはたっていません。
十三の地名の由来をなす有力説として、かつて淀川にあった渡し船が上流から十三番目のものであったことによるというもの、古代条里制で十三条に相当する位置であったことによるというものなどがあります。
1910年3月、箕面有馬電気軌道が梅田-宝塚ほかを開通させた際に設置された駅です。1920年7月18には神戸線が開通し、分岐駅となりました。また、北大阪電気鉄道が十三-淡路-豊津を開業させ、阪急と接続しています。北大阪電気鉄道は1923年4月に新京阪鉄道、1930年9月に京阪電気鉄道に譲渡および合併、1943年10月1日は阪急と京阪の合併により、京阪の十三駅が阪急駅に統合されます。戦後の京阪再分離の際も旧新京阪線は阪急にとどまり、現在にいたっています。
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【淀川十三東郵便局】駅東口から東へ、徒歩3分。未訪。
【淀川郵便局】駅西口から西へ、徒歩5分。未訪。
【淀川十三本町郵便局】駅西口から北へ、徒歩8分。未訪。
2003年10月13日
2007年6月13日、写真を追加のうえ加筆修正
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