無人の三角ホームが印象に残る駅

浅野
あさの
Asano

浅野駅

 三角形というか扇形というか、独特の形のホーム。鶴見から乗ると、扇町方面は直進し、海芝浦方面はここで右方向90度に向きを変える。ここも例によって無人駅で、NKK鶴見工場の裏手にある。

 

 鶴見駅からの電車は、大きく分けて扇町方面へ向かう系統と海芝浦方面へ向かう系統がありますが、この両系統の分岐駅となるのが浅野駅です。2つの路線は浅野駅の西側で分岐し、それぞれ別のホームに到着します。

 鉄筋2階建、鶴見線内ではかなり大きい部類に入る駅舎を構えていますが、ご多分に漏れずここも無人駅で、自動券売機と簡易Suica改札機が置かれているのみです。

 扇町方面系統は2面3線になっていますが、このうち南側(駅本屋側)の1線はほとんど使われておらず、特に旅客用としてはまったく利用されていません。実質的には、島式ホーム1面2線から成り、駅本屋との間は扇町方にある構内踏切で連絡しています。ホームは駅本屋と垂直の位置にあります。

浅野駅扇町方面系統ホーム

扇町方面系統のホーム。《2007年4月22日撮影》

 いっぽうの海芝浦方面系統は、浅野駅の西側から続く急カーブの途中にあり、大きな弧を描いています。ホームは相対式2面2線で、下りホームは駅本屋とつながっています。文章で書くとわかりにくいのですが、浅野駅を直角二等辺三角形ととらえ、海芝浦方面系統が斜辺、扇町方面系統と駅本屋が残りの2辺を形成すると考えればわかりやすいでしょうか。なお、上りホームと下りホームの間は、鶴見方にある構内踏切で連絡しています。したがって、海芝浦方面から扇町方面へ乗り換える場合、2つの構内踏切をわたることになります。

浅野駅海芝浦方面系統ホーム

海芝浦方面系統のホーム。《2007年4月22日撮影》

 駅のすぐ南側にはJFEエンジニアリングの工場、運河を挟んだ北東側には東芝の工場があり、駅そのものが工場に囲まれているという印象を受けます。駅の北側には「入船公園」という運動場がありますが、お世辞にも生活感がある空間ではありません。徹底的に無機質な空間ですが、週末になると「ここはどこ?」と思えるほど静かになります。

駅名の由来

 鶴見線の前身である鶴見臨港鉄道の創始者である浅野宗一郎の名から取られた駅名です。浅野財閥の総帥である浅野は、浅野セメントの成功を契機として鶴見に大規模な埋め立てを行い、臨海工業地帯を作り上げました。

歴史

 鶴見臨港鉄道が弁天橋-浜川崎を最初に開通させた際に設置された駅です。開業当初は貨物扱いのみでしたが、1930年10月28日に鶴見駅(当時は仮停車場)まで開通した同鉄道が旅客営業を行うようになった際に、浅野駅も旅客営業を開始しました。貨物営業は、国鉄末期の1986年11月15日に廃止されています。

 なお、かつては浅野から鶴見川口まで貨物線が分岐しており、1982年11月15日に廃止となったのちも専用線として残っていましたが、現在ではまったく使われていません。

周辺の見どころ

 特にありませんが、駅そのものが見どころともいえましょう。

(駅周辺には郵便局なし)

2007年5月21日、写真を差し替えおよび追加のうえ加筆修正

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