地平に2面3線が設けられており、その上に覆い被さるように駅ビルが建つという橋上駅です。もとは2面4線でしたが、西側の1線は筑波鉄道の廃止によって使われなくなっています。
この駅までがおおむね首都圏と判断されているようで、長大編成列車の分割併合が多く行われます。
駅の西口にはペデストリアンデッキが整備され大規模店舗へつながっており、亀城の城下町として栄えた古くからの街ですが、私が2004年に下車したときには駅前商店街の空洞化が進行しているように思われました。東口は霞ヶ浦にほど近く、ヨットハーバーが至近距離にあるほか、名産であるレンコンの生産が盛んです。
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東北線から小山-笠間-水戸を1889年1月に開通させた日本鉄道が、水戸方面から東京を短絡する路線を着工しました。その第1期区間として、土浦-友部(分岐駅として新設)が1895年11月に開通しています。すなわち、水戸方面が先に開通したわけです。翌1896年12月25日には、田端-南千住-土浦が開業し、土浦は中間駅となりました。
1918年4月から8月にかけて、この土浦から筑波を経て水戸線の岩瀬にいたる筑波鉄道が開業し、筑波山へ向かう観光客の輸送を行っていましたが、1987年3月末かぎりで廃止されています。
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2005年9月13日、写真を追加のうえ加筆修正
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