
【写真1】東追分駅ホームを跨線橋から見たところ。南側(左手)で防風林の向こうは畑、北側(右手)は牧草地が広がっている。《2003年10月25日撮影》
駅の南側に出口があり、未舗装の道路が線路に平行しているが、この道路に対する駅名表示は皆無で、ホームと跨線橋があるから駅とわかるというありさまである。用途は不明ながら何らかの建物が出口近くに設けられているが、そこにもごく小さな管理票が貼られているのみで、東追分という駅がここにあることを利用者に示すものにはなっていない。
さらに、駅を視野に入れられるのは前述の未舗装の道だけなのに、ここからほかの道路に出るまでのアクセスがけっこう面倒だ。駅から降りると、道路に平行して国道を高速で走っている自動車が見えるものの、駅はちょうど防風林の陰に隠れるので、国道からは見えない。西側から耕地のあぜ道をたどれば8分ほどでこの道路には出られるし(私有地と思われるので通行の際には注意)、また東側に7分ほど進むと南北の道(こちらも未舗装だが、自動車が容易に通れる程度)を通って外へと出ることはできる。
いずれにせよ、外からこの駅にアクセスするのは非常にたいへんだ。追分駅との距離がそれほど離れていないため徒歩で向かおうとする人もいるだろうが、駅の所在地の確認には、十分な注意が必要だ。なお、国土地理院発行の5万分の1地形図では、駅の周囲には道路が描かれていない。
駅ホームは対向式で、跨線橋で連絡しており、待合室は跨線橋を降りたところに設けられている。駅の北側は大きな牧草地帯。いつまで待っても人が乗りに来ることなど期待できないのではないか……列車を待っている間、そんな風に思った。
駅の南側には畑があり、その中に建物がパラパラと見えるものの、集落などまったく形成されていない。駅の北側は広大な牧草地となっているが、こちらには出るすべがない。どうしてこの駅が設置されたのか、まことに不思議だ。
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1948年7月1日に札幌鉄道局によって設置された「小安平線路班」が前身で、当時は一部の列車が停車するのみだった。1965年3月1日に移転のうえ正式な駅となる。現在の駅は1981年6月19日、石勝線開業直前に移転したもの。
特になし。
2003年10月30日
2004年9月12日、加筆修正