北海道有数の観光地、小樽の拠点駅です。また、運転系統上も重要な拠点駅で、小樽以東では札幌方面への列車が頻繁に運行される都市間連絡輸送を担う複線電化の一大幹線ですが、小樽以西では単線非電化となり1時間に1本程度の短編成ワンマン各駅停車列車が基本のローカル線と、函館本線は小樽を境にその姿を大きく変えます。“山線”の地位低下に伴い、小樽へ乗り入れてくる定期優等列車は消滅しています。
東京の両国駅と雰囲気の似ている鉄筋コンクリート造の重厚な駅舎は1934年に竣工したもので、レトロ調の街並みを残す小樽によく似合っています[1]。外観はあまり注目されることがなく、一般の利用者から見れば地味な駅に属すると思われますが、大きな窓と高い天井を備えた重厚なコンコースは、改装によって雰囲気を損なわない程度に明るくなりました。もっとも、コンコースがパンフレットの展示場と化しているという印象もあり、特に雰囲気がよいというわけでもありません。
札幌方面行きの列車が頻繁に出入りしているため、旅客の動きが頻繁です。駅にはファストフードの店舗が入っており、町の中核としての機能を現在でも果たしているため、賑やかです。
駅前にはバスターミナルがあり、各方面へのバスが発着しています。
停車列車 [2010年6月現在]
全列車が停車します。
乗り場
確認中。
駅名の由来
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歴史
小樽は北海道最初に鉄道が開業した地点としても知られますが、現・小樽駅の開業は1903年と、案外新しいものです。最初のターミナルは手宮に設けられ、現在の小樽駅は「小樽中央」と称していました。その後1904年10月15日に「高島」、1905年12月15日に「中央小樽」と改称され、国有化後の1920年7月15日に現在の「小樽」に落ち着きました。
現在のルートが開業したのち、分岐線となった南小樽-手宮間は、函館本線とは独立した「手宮線」となりましたが、これは1985年11月5日に廃止されています。手宮線の跡地は現在も全線にわたって比較的よく残っており、LRTによる再生の動きも出ています。なお手宮駅の跡地には小樽交通記念館が建っています。
- 【1903年6月28日】 欄島-小樽中央間が開業した際、小樽中央駅開業。
- 【1904年10月15日】 駅名を「高島」に改称。
- 【1905年12月15日】 駅名を「中央小樽」に改称。
- 【1920年7月15日】 駅名を「小樽」に改称。
- 【1964年9月30日】 この日かぎりで貨物営業廃止。
- 【1987年4月1日】 国鉄の分割民営化に伴い、JR北海道の駅となります。
周辺の見どころ
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その他
- 駅本屋およびプラットホームは、国の登録有形文化財。
- 「全国記念物的鉄道建築ガイド」『鉄道ピクトリアル』No.519(1989年11月号)電気車研究会、17頁には
北海道としては最初のSRC構造による駅舎建築であった
という記述がありますが、詳細は未確認です。
【函館本線】 函館-五稜郭-桔梗-大中山-七飯-渡島大野-仁山-大沼-大沼公園-赤井川-駒ヶ岳-東山-姫川-森-桂川-石谷-本石倉-石倉-落部-野田生-山越-八雲-鷲ノ巣-山崎-黒岩-北豊津-国縫-中ノ沢-長万部-二股-蕨岱-黒松内-熱郛-目名-蘭越-昆布-ニセコ-比羅夫-倶知安-小沢-銀山-然別-仁木-余市-蘭島-塩谷-小樽-南小樽-小樽築港-朝里-銭函-ほしみ-星置-稲穂-手稲-稲積公園-発寒-発寒中央-琴似-桑園-札幌-苗穂-白石-厚別-森林公園-大麻-野幌-高砂-江別-豊幌-幌向-上幌向-岩見沢-峰延-光珠内-美唄-茶志内-奈井江-豊沼-砂川-滝川-江部乙-妹背牛-深川-納内-伊納-近文-旭川