青函トンネルを抜けた海峡線が、既存の鉄道駅とはじめて接続するのが、木古内駅です。“津軽海峡線”として運行されているJR北海道の区間では、この木古内以南が1988年に開通した海峡線、木古内以北が戦前に開通した江差線となります。江差線の区間は電化こそされているものの、将来的には北海道新幹線の開通を見据えて高速化工事が見送られており、また単線でもあります。このため、海峡線を高速で走行してきた特急列車や貨物列車は、この木古内で速度が大きく変わることになります。
線路図上では江差線と海峡線の分岐駅となっていますが、江差線木古内以東と海峡線が一体化して広域輸送を担う一方、江差線木古内以西は北海道新幹線開通時の廃止が事実上固まっている閑散区間であり、“津軽海峡線”と“江差線末端区間”の分岐駅とするほうが実態にあっているでしょう。なお、かつては江差線と松前線というローカル線の分岐駅でしたが、松前線は海峡線開通直前に廃止されています。
ホームの幅が非常に狭く、貨物列車が轟音をたてて通過するときはヒヤリとさせられます。もともと、そう広い敷地を備えていたわけではないところに、長いホームを多く作ることになった結果でしょう。なお、南側の1番ホームには、乗車案内表示を掲示するスペースがないため、線路と反対側の柵の上に案内表示が出ています。
現在の橋上駅舎は、長方形と二等辺三角形を組み合わせたような大胆な造形を用いたものです。これは1987年3月25日に供用開始されたもので、江差線内では七重浜に続く橋上駅舎です[1]。
橋上駅舎に設けられているコンコースはごくコンパクトなもので、小さいスペースに待合室と改札口、売店、駅務室がひしめています。駅の利用者もそこそこ多いことから、列車の発車間際になると待合室が人でぎっしりとなります。このため、接続待ちの間に途中下車しようとする場合、人をかき分けて通るはめになることがあります。国鉄末期につくられたため、コストを極力切り詰めた結果なのかもしれません。
改札口の通路には自動ドアが設けられており、改札を人が通るときだけ空くようになっていますが、これは冬季の保温を意図したものでしょう。改札の上には、LEDの発車案内表示器が設置されています。
駅舎南側の1階には、地元の特産物を販売する売店が、駅の売店とは別に設置されています。
橋上駅舎の出口は南口と北口に設けられています。このうちメイン出口は南口で、駅を出ると正面にまっすぐ道路が延び、ここに商店街が形成されるという、北海道らしい風景が広がっています。もっとも、ご多分に漏れず、駅周辺はさほど活気があるわけではなく、ごく静かな町といった印象です。
北海道新幹線が新函館まで延長された際には、ここに駅が設置される予定です。なお、並行在来線である江差線の五稜郭-木古内間の取扱いは2010年12月の段階でも決まっておらず、さまざまな意見が出ているところです。
停車列車 [2010年12月現在]
海峡線・江差線(木古内以東)
夜行列車を除き、全列車が停車します。
乗り場
南側から順に、1番線、2番線、3番線…となります。
- 1.海峡線上り(特急、急行) 蟹田、青森方面
- 2.江差線下り(特急、急行) 上磯、函館方面
- 3.(通過線)
- 4.江差線下り(普通) 江差方面
- 5.江差線上り(普通) 上磯、函館方面
駅名の由来
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歴史
- 【1930年10月25日】 国有鉄道(鉄道省)上磯線(現・江差線)の上磯-木古内間が開通し、終着駅として開業。
- 【1935年12月10日】 上磯線の木古内-湯ノ岱間が開業、中間駅となります。
- 【1937年10月12日】 福山線(後の松前線)の木古内-渡島知内間が、江差線との分岐駅となります。
- 【1982年11月14日】 この日かぎりで貨物営業廃止。
- 【1987年4月1日】 国鉄の分割民営化に伴い、JR北海道の駅となります。
- 【1988年1月31日】 この日かぎりでJR松前線(第二次特定地方交通線に指定)が廃止、バス転換となり、江差線単独駅となります。
- 【1988年3月13日】 青函トンネルの開通に伴い海峡線が開業、江差線との分岐駅となります。
周辺の見どころ
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- 『鉄道ジャーナル』鉄道ジャーナル社、No.247(1987年6月号)、105ページ。